その他 蔵の記憶
公開:2026/03/06 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(160)駅前の風景

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2016.3.14

 橋北の西幣舞の街並みは、大正6年の停車場の移転、根室線開通、大正12年の雄別鉄道の営業開始、昭和2年の釧網線釧路標茶の開業など鉄道の延伸により大正中期から昭和初期にかけて急速に発展をします。釧路停車場と幣舞橋を結ぶ西幣舞橋通りと呼ばれた現在の北大通りは、商店、商社、銀行などが並び新興の中心市街地とし活況を呈します。

根室本線釧路駅(中央)

 写真は、昭和4年ごろの釧路停車場を現在の黒金町13丁目から見た光景です。道東の玄関として人、物の交流の要となる釧路停車場の前には、人力車時代が終り乗合自動車と客待ちのタクシーが並び、荷物を背負った人、家族連れ、ビジネスマンら乗降する人達が行き交う駅前の活況が伝わります。写真に根室本線釧路駅昇降人員六十万人と記述されていますが、昭和2年の釧路標茶の釧網線の開通により明治以来釧路の発展を支えた河川交通が終了し鉄道時代を迎えます。

 昭和5年ごろの駅前の地図を見ますと、現黒金町13丁目にとらや、後藤、現北大通り13丁目にいくよ、新潟屋、中村屋などの旅館が軒を並べ、旅行者が列車の待ち時間を過ごす釧勝館、尾張屋等待合所、七富久温泉と洋服、雑貨、小間物、土産品を扱う商店が並ぶ駅前商店街が乗降客を迎えています。

 昭和2年に北海道第2期拓殖計画が実施され、許可移民制度を発足させ遅れていた内陸開拓が始まり、釧網線沿線に多くの農業移住者が入植します。

 西幣舞橋通りは、鉄道沿線各地の生活と文化を支え、駅前の賑わいは躍進釧路の記憶を伝えています。

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