その他 蔵の記憶
公開:2026/03/06 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(153)新春の西幣舞

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2016.1.11

 大正11年8月に市制が施行された以降の釧路は、都市基盤整備に取り組み、西幣舞の街並みは商店、銀行、商社に繁華街と中心市街地の機能が集まります。

 大正14年1月1日の釧路新聞に、倹約週間の宣伝が利いたために松飾りが例年より少ない新年を「満街装を新たにし市民希望の春を祝ふ」記事を掲載し、不景気で迎えた街と新春の興行界の様子を報道しています。

元旦興行─第一オペラ館の広告

 写真は、活動常設館第一オペラ館の元日興行の広告です。東亜キネマの邦画「己が罪」ユニバーサル社の洋画「鷲の爪」など4本が上映されています。恵比寿座は、おなじみの「初春興行東京歌舞伎市川段正一座」、隣の八千代座は、出雲美人40名総出「天下一品、出雲本場安木節」の新春公演の広告が掲載されています。芝居と活動は、娯楽設備の少ない当時では市民には最高の楽しみでした。新春の興行広告を見ますと、新鮮な都会の文化を伝える映画と新作芝居などの上演により不景気の不振を挽回するチャンスと意気込む興行界の思いが伝わります。

 当時の釧路の興行界は、活動常設館は橋南(現南大通り)に第二オペラ館、敷島館、橋北(現末広町3丁目付近)に第一オペラ館、神田館と劇場の恵比寿座、八千代座があり西幣舞が興行の中心です。

 大正14年の新春の西幣舞は、大衆娯楽の活動、芝居、カフェー、料亭、飲食店などが軒を並べる繁華街へ、新春に希望を託した釧路市民が繰り出し、不景気を忘れて楽しい正月を過ごし新年の夢と活力を養ってます。

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