その他 蔵の記憶
公開:2026/03/05 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(134)南北併進

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2015.7.6

 大正9年の釧路は、8月に未曽有の大洪水の被害を受けますが、富士製紙㈱釧路工場でパルプ紙の製造開始、太平洋炭砿の設立、7月1日釧路に区制が施行、と次代の躍進を予想させる年でした。また、同9年10月1日に第一回国勢調査が実施され、釧路区の戸数7953、人口3万9392を記録しています。

 区制の施行は、大釧路躍進の象徴の様で大正9年11月28日に区制実施祝賀会が開催されます。釧路新聞には、「挙区一致大釧路建設の区制を祝ふ」「満街彩燈の海」「旗行列花自転車」など区制施行の感激を伝える記事が掲載されています。11月30日の釧路新聞に、黎明期の明治から区制が施行された大正時代迄の釧路の発展と前途を伝える「釧路区発達史観」が掲載されています。

 記事では、「釧路の街並みは、橋南の米町から真砂町より発展し、橋北方面は最も新しい発展の町名は大字釧路村字西幣舞です。中心市街地は真砂町中央の丸三両角呉服店より幣舞町及び釧路川を渡り橋北大通の小松金物付近となりつつある。(現在の南大通5丁目から北大通5丁目)今後も釧路川を中心に南北併進が今後の釧路の発展を支える」と伝え、西幣舞が釧路の中心市街地として登場します。

釧路新聞に掲載された水野陶器店の広告

 写真は、大正9年11月釧路新聞に掲載された水野陶器店の広告です、本店は真砂町の釧路支庁坂下で支店が西幣舞町大通です。当時の新聞広告を見ますと、ふとんの西屋、両角呉服店などが西幣舞へ支店を開設しています。

 「南北併進」は、西幣舞が都市機能を備え次代に釧路の中心市街地となる過程の記憶です。

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