伝えたい「蔵」の記憶(120)魚河岸発祥の地
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2015.3.23
釧路は、漁業、石炭、紙パルプの3大産業により発展をしました。黎明期の釧路漁業の発展は、海の開拓者として移住して来た、トンケシの八戸漁民とオダイトの越後漁民が支えています。移住漁民は、新漁法の導入、漁場開拓を実践して釧路の沖合を開拓します。釧路市史の明治40年の記録に、「ニシン漁業開始以来最高の水揚を記録する」「マグロ流網漁船釧路沖に出漁しマグロの新漁場として内外より注目」などと同40年代の活況を呈する漁業の様子を伝えています。
明治40年10月21日、水印株式会社釧路魚采市場が、西幣舞2番地(現錦町3丁目)に開業します。営業内容は、鮮魚、塩乾魚、獣鳥、青物市場と幅広い商品を取り扱っています。開設の契機の一つは、釧路、旭川、札幌、函館の鉄道の開通で、鮮魚の出荷地の条件が出来た為の様です。一方では、地元の消費者へ供給する、株式会社共立魚采市場が入舟町に開設します。漁業の流通にも新しい動きが見られます。

幣舞橋北橋詰河畔に、「釧路魚河岸発祥の地」の碑が、釧路魚がし会(山本久会長)により平成6年8月に建立されました。水印釧路魚采市場は、釧路で最初の市場として西幣舞の幣舞橋北橋詰に開設され、その後、魚市場のある河岸の活況は、釧路の中心市街地が橋北地区への移る要因となります。




