続・蔵の記憶4「丸山時計」
日本経済が高度成長のピークを迎えた昭和47年12月の釧路新聞は、
「ガッチリ4年連続日本一釧路港水揚」
「ショッピングとレジャーの広場ショッピングパルコオープン」
「ビジネス街が華麗に変身パレスボウルオープン」
「昨年比35パーセント上回る釧路商店街大売出し」
など、師走の活況の様子を報道しています。
クリスマスが近づいた12月22日の釧路新聞は、「師走のマチに相次ぐ善意、盛り上がる歳末助け合い」「明暗くっきりボーナス支給最高30万最低3万円」と、師走の市民の善意と笑顔を伝える市民生活を報道している紙面に、年末恒例の宝くじ最終売り出しの様子を「でかい夢買います」「すごい人気・長蛇の列」の記事が掲載されています。

昭和47年12月21日の気象庁の気温データによると、朝6時の気温はマイナス13度、朝9時の気温はマイナス7度。
非常に寒が厳しい早朝から、北大通5丁目の丸三鶴屋本館をぐるりと取り囲む長蛇の市民の列が、5丁目名店街の丸山時計店の小さな宝くじ販売窓口から続いていたと、宝くじの爆発的人気の様子を「1等一千万円寒さも苦になりません」と報道しています。
長い行列は一枚100円の宝くじに夢を託す市民の熱い願望を伝える光景です。

写真は、昭和50年代の丸山時計店頭の様子です。
丸山時計で販売した宝くじから、賞金2000万円の当選者が出たことを伝える花輪で、夢を叶えたことを知らせています。
師走のでかい夢宝くじは、多くの市民がいざなぎ景気が続く高度成長期の師走に住宅の新築、自家用車、カラーテレビ等に思いを巡らせ、年末の宝くじに夢を託す記憶を伝えています。


