HEAT VOICEミュージックヒストリー③「ヒートボイス、軽井沢での収穫」
釧路を拠点とするボーカルデュオのヒートボイス(目黒広幸、伊藤カズヒロ)は2004年、軽井沢ラヴソング・アウォード2004(同実行委主催)にオリジナル曲「☆(ほし)に願いを」を初出品、いきなり本選に進出した。
9月26日、長野県軽井沢町で行われたグランプリコンサートでも堂々の生演奏を披露し、7位「特別賞」に輝いた。
第一線で活躍する音楽関係者から一定の評価を受けての上位入賞だったが、気持ちは晴れなかった。
その理由は、審査員の一人であるホリプロ・シニアプロデューサーの松林天平氏の「4分半の曲を作りなさい」という言葉が重くのしかかったから。
帰釧後、2人は「このままでは終われない」と再挑戦を決めた。
「4分半」の宿題を胸に
ヒートボイスは2004年の知見と反省を踏まえて2005年、2006年、2007年と毎年応募した。
「軽井沢で勝つための傾向を探り、審査員が求める曲づくりを徹底しました」と伊藤さん。
「もちろん曲の長さ4分半は強く意識し、言いつけを守った」と振り返る。
2005年に「君のために」、2006年に「君へのLOVE SONG」、2007年に「アイノコトバ」をそれぞれ制作し、すべて本選出場を果たした。
4年連続で本選、表彰台へ

初出品の2004年から4年連続で本選に出場し、このうち「君のために」は3位表彰台を射止めた。
釧路新聞は2005年10月4日付で吉報を掲載した。同実行委が「グランプリと小差の高い評価を得た楽曲。同時に背景に地域の姿が見える出場者の中でも類のないミュージシャンとしても、共感を呼んだ」と講評し、釧路を拠点に地域に根ざして活動する姿もたたえられたと報じた。

2007年の「アイノコトバ」も視聴によるウェブ投票で第1位を獲得。毎年、釧路からはるばるやってきては心に響く曲を発表し、圧巻のパフォーマンスを繰り広げるヒートボイスは、いつしか「イベントの顔」となった。
軽井沢で得た確かな自信
軽井沢ラヴソング・アウォードは2013年の第10回開催をもって幕を下ろしたが、ヒートボイスに多くの実りをもたらした。
特に、全10回のうち4大会連続で本選出場を果たしたのはヒートボイスだけであり、その記録は、大きな糧となった。
毎回400曲から500曲を超える楽曲のエントリーがあった。テープやMDによる1次、2次審査は一般市民による選考だ。
伊藤さんは「誰が歌っているのか分からないブラインド審査を確実に突破できた。自分たちの楽曲が全国どこででも通用する、親しまれるという自信となった」と語った。
恩人との出会い、広がる活動
うれしい出会いもあった。
審査員の一人で、東芝EMI時代に越路吹雪、松任谷由実らをプロデュースしたレコード・プロデューサーの下河辺晴三氏は、2004年の初出品時からヒートボイスを応援していたという。
「毎年、楽しみにしています。審査結果とグランプリ受賞は好みだから」と労を多とした。

“レコード界の良心”と言われた下河辺氏は、軽井沢での交流が縁で、着うた・着うたフルの配信サイト「music.jp」でのヒートボイスの楽曲配信に尽力した。
伊藤さんは「当時は配信サイトが始まったばかりで、インディーズの楽曲のダウンロードサービスは珍しかった。道を開いてくれた恩人です」と感謝を語る。
20年以上前、プロのミュージシャンも逡巡する中、地域密着型の音楽活動でインターネットを採用した経験は、今も生きている。(編集部、山本雅之)
次回は7月20日に掲載の予定です。




