その他 蔵の記憶
公開:2026/03/03 更新:2026/04/07

伝えたい「蔵」の記憶(90)改築工事概況

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2014.7.21

 4代目幣舞橋は、昭和3年11月3日、明治節(明治天皇の誕生日)に渡橋が行われ、釧路市は新しい時代を迎えます。優美で風格のある橋の美しさは、北海道の3大名橋と呼ばれ、釧路市民の自慢でしたが、北海道庁釧路土木事務所が昭和3年10月30日に発行した「幣舞橋改築工事概況」に、先人の4代目幣舞橋への思いを伝えています。

釧路土木事務所が発行した「幣舞橋改築工事概況」の表紙

 北海道で一番長い幣舞橋の長さは、当初は中央部分を鉄橋として、右岸、左岸に木橋とする予定でしたが、途中で設計変更をして、中央部分の113.4㍍を架橋し、木橋部分を埋立に変更しています。幅は18.3㍍と3代目幣舞橋の2.5倍で電車道、車道、歩道を設け、実現はしませんでしたが、電車道の準備をして電車を走らせたい夢が秘められたのは驚きですが、広げられた橋の幅は戦後の交通量の増加にも対応しています。

 古代エジプトの建築を連想させる幣舞橋の象徴の親柱は、全て十勝新内(現新得町)の花崗岩を使用しています。7㍍の重厚親柱の花崗岩が十勝産と聞いて、十勝が身近に感じます。新内の花崗岩は、佐幌岳から切り出され鉄道建設に使われていますが、釧路の幣舞橋に使用されて、一躍全道的に有名になり、その後、旭川の旭橋、札幌の豊平橋、小樽運河の石畳にも使用されています。(新得町史)

 十勝新内の花崗岩が、幣舞橋が縁となり北海道の3大名橋を支えています。釧路市民に夢を与えた4代目幣舞橋は、半世紀にわたり釧路市民の生活に溶け込む釧路の象徴ですが、その記憶は5代目幣舞橋へ受け継がれています。

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