伝えたい「蔵」の記憶(60)公会堂から公民館へ
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2013.11.18
釧路市は戦後の復興期の昭和27年10月に市制30周年を記念して釧路産業展を開催しています。会場は現在の生涯学習センター駐車場に明治44年建築された公会堂から戦後名称を変更した公民館です。
写真は釧路産業展会場の入り口の様子です、荷物を積んだオート三輪車、リヤカーを引いた男性、割烹着姿の女性ら懐かしい光景の中に、戦後復興に取り組むたくましさが感じられます。会場の公民館は明治、大正、昭和と約半世紀の釧路と幣舞町の街並みの記憶を伝え、親しみの中に威厳がある旧公会堂です。

戦後の復興期に釧路市民の文化活動の中心的な役割を果たし、音楽会、展覧会、展示会、学習会などが開催され、市民生活に潤いを与えたのが公民館でした。私も昭和30年代初めの高校生のころ友人に誘われて公民館で開催されたレコードコンサートでクラシックを聴きました。聴衆は静かな会場でレコードの曲を聴き瞑想にふけっていました。このような光景は私には別世界でした。少し大人に近づいた気持ちになり同時に新しい時代の文化を感じ、その時の体験は今でも忘れません。
公会堂が完成した翌年の明治45年に公会堂に図書館が開館した。開館を報道した新聞記事に地方の繁栄には物質設備と精神設備あいまって成ると報道しています。先人の釧路発展に欠かせない文化への思いは公会堂が公民館に変わっても先人の思いを次代へ伝えています。幣舞の公会堂の記憶は、昭和36年に新築された公民館へ受け継がれています。



