伝えたい「蔵」の記憶(55)幣舞の釧路警察
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2013.10.7
釧路の街を一望している建物の写真は、現在の幣舞公園に大正15年12月に新築された、昭和7年頃の釧路警察署です。幣舞町の様子について釧路郷土史考では、釧路市の中央に位し高地なるを以て官庁所在地に適す。現在釧路市役所、市立公会堂、簡易図書館、市立病院、釧路土木事務所、釧路税務署、釧路測候所などがある、と幣舞町の官庁街を紹介しています。
釧路の行政の中心は会所、戸長役場のある米町でしたが、明治18年に、当時は街外れの幣舞に釧路他4郡役所、次の年は隣接地に釧路警察署が開庁されたのが幣舞の官庁街の始まりですが、初代郡長(明治18―24年)宮本千万樹は壮大な街造りに取り組み、釧路発展の基礎を築いています。
その一つが郡役所の幣舞での開庁です。明治30年に郡役所が廃止され釧路支庁が設置され、明治41年に営林署、明治43年に土木事務所が置かれます。明治43年には、釧路支庁が浦見町へ移転し、明治44年には皇太子殿下行啓の宿舎公会堂が竣工して、幣舞町は釧路のシンボル町となります。
明治後期には、釧路港修築の決定、函館―釧路間の鉄道開通、ニシンの豊漁により釧路は道東の中核都市として急成長し、大正9年区制、大正11年には市制が施行され、大正12年8月1日、市役所庁舎が幣舞(現図書館)に竣工し、隣接して市立病院が完成、大正15年に釧路警察署が新築されて、市の主要な機能が幣舞に集まりました。
一人の為政者の決断が、幣舞町に官庁街を誕生させ、その後の釧路の市民生活を支えました。




