その他 蔵の記憶
公開:2026/03/02 更新:2026/03/30

伝えたい「蔵」の記憶(48)発掘調査

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2013.8.5

 釧路駅を出るとすぐに目に入る生涯学習センター「まなぼっと」の展望室から見える太平洋、阿寒の峰、釧路川、釧路湿原のパノラマは、ロマンを感じさせます。幣舞丘陵の幣舞遺跡発掘は、先史時代からの先人の生活の記憶が伝えられています。

 往時には先人も幣舞丘陵から同じ景色を見ています。幣舞遺跡は釧路の黎明期より存在が知られ研究されてきましたが、平成6年3月に発行された釧路市幣舞遺跡調査報告書Ⅱ(旧公民館跡の調査)が幣舞遺跡の様子を伝えています。報告書には住居跡2個、墓82個、土壙24個、焼土28個が検出されたと報告されています。

 年代を見ますと、住居跡は縄文早期、縄文晩期、墓は縄文晩期が多く、続縄文前半、16から17世紀も報告され、幣舞の丘陵は長い年代にわたり釧路の先人の生活の場であったようです。

 墓の副葬品を見ますと、土器、石釜、石槍、石鏃、刀、鉄鍋、コハク玉、ガラス玉等が出土し、先人の生活の様子を伝える道具、装身具、古銭が報告され、遺物は釧路地方の先人の生活に、いろいろな地域の文化を取り入れていた様子も伝えています。

幣舞遺跡の発掘調査に取り組む様子

 報告書には発掘された遺物名、大きさ、重量、年代、遺物のスケッチなどの詳細な資料が掲載され、釧路の先史時代の拠点的な幣舞遺跡データは釧路の先人の生活文化の記憶を伝えていますが、遺跡の発掘調査、膨大な資料を1点ごとに検証をし整理、記録、土器の復元などに携わった人たちの思いも伝わります。

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