伝えたい「蔵」の記憶(40)福司
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2013.6.3
鶴ケ岱公園横の坂を上ると「よいお酒福司」と書いた白壁が見えます、90年釧路市民に愛された釧路で唯一の地酒「福司」の蔵元福司酒造の酒蔵です。
釧路の酒造の記録を見ますと、釧路市史に釧路の黎明期の明治12年、この頃須田徳右衛門が幣舞町で酒の醸造と販売を行うと記載され、明治23年発行の北海立志図録には杉玉の看板を揚げた店舗が描かれています。明治43年発行の釧路港実業家名鑑に醸造元磯辺酒造店が幣舞町に掲載されており、釧路の酒の醸造は幣舞町が始まりのようです。
酒の醸造には良質の水が条件ですが、昭和7年ごろの地図で随所に清水が湧水していた茂尻矢(現住吉町)には二木醸造、巴醸造、敷島商会醸造庫が見え、釧路の酒造の中心地のようです。二木醸造は大正8年に茂尻矢で創業した釧路醸造株式会社を受け継ぎ、その後朝日酒造が受け継がれ、銘酒「朝日桜」で釧路市民に親しまれていましたが昭和45年に廃業しました。
合名会社敷島商会は大正8年に酒類・清涼飲料・雑貨・食品卸売りを目的に創業し、大正12年に「福司」の醸造を開始しています。代表銘柄「福司」の酒名由来は、古来縁起の良い福(幸)を司る、福を招く・幸を呼ぶ酒などの願いを込めて命名されたと言われております。

今では茂尻矢の清水の湧出は見ることはできませんが、地酒「福司」は新しい工夫をし茂尻矢の湧水の記憶を伝えています。



