伝えたい「蔵」の記憶(30)釧路の語源
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2013.3.18
釧路川には河口から幣舞橋、久寿里橋、旭橋、貝塚大橋、雪裡橋が架橋され、橋の名前に町名が使われていますが、久寿里橋は町名が使われていません。架橋に奮闘した先人は架橋の実現に努力し、橋名に先人の夢を託して久寿里橋と命名し、橋名に当時の釧路の人たちの夢と、旧地名クスリと釧路の記憶を託しています。
昭和8年12月21日の釧路新聞の記事に「名もゆかし久寿里橋の開通渡初式」の見出し、市民の喜びと佐々木米太郎町名番地改正委員談として「久寿里橋命名縁起釧路の旧地名を保存」と掲載され「久寿里」の語源と命名への思いが伝えられ、明治2年から64年を経て忘れられようとした旧地名「クスリ」が橋名で復活しました。
「釧路の語源は何か」それは釧路郷土史に関心をもつ者の第一の知りたい問題である。「明治2年現在の如く釧路と改称せられたのである。それではクスリとはどんな意味か―」と、昭和11年1月15日発行の釧路郷土史考に釧路語源考(佐藤直太郎氏寄稿)が掲載されています。後の釧路市史研究家の参考にしてほしいと、釧路の語源の3説であるクッチャロの転化説、クシュル説、クスリ説(温泉説)を文献、地理、地勢、古老からの聞き取りなどの多くの資料を分かりやすく解説して、クスリの記憶を伝えています。
クスリから釧路へ改称された記憶を伝える久寿里橋が架橋されて今年で80年になりますが、これからも先人の思いの記憶を伝えてくれます。




