その他 蔵の記憶
公開:2026/03/01 更新:2026/03/30

伝えたい「蔵」の記憶(26)茂尻矢の湧水

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2013.2.18

 鶴ケ岱公園に沿って坂を登ると酒蔵のシンボル杉玉を下げた釧路の地酒「福司」の酒蔵があります。昭和7年ごろの福司酒造付近の地図を見ますと、当時は豊富な湧水を使う敷島商会、朝日桜、マルニ牛乳部、下田醸造店があります。釧路郷土史考によると、茂尻矢と春採の一部を住吉町とした命名理由に、「四面丘陵をもつて囲まれ、随所に清水の湧水あり、起伏甚しく…住み心地良き土地」と記載され、起伏の沢には湧水があふれる地形は、茂尻矢の自慢のようです。

人気を博した銘酒「朝日桜」と書き込んだ元朝日酒造の建物

 写真は昭和45年に廃業した朝日酒造の様子です。大正8年に茂尻矢で創業した釧路醸造株式が茂尻矢の酒造の始まりですが、その後二木酒造、昭和6年に朝日酒造と会社は変わりますが茂尻矢の湧水を使用して酒造りが続き、「七福」「朝日桜」の銘酒は、人気を博していました。

 往時には釧路にあちこちで湧水が見られました。住吉町の湧水は、子どもの頃に市営球場(現富士見球場)で遊んだ後に飲んだ味は格別な思い出でした。今では整備されて見ることがない湧水ですが、住み心地良い町住吉町の湧水は、古老たちの自慢の名水です。

 今も酒造りを続ける福司酒造は、大正8年、米町で合名会社敷島商会を設立、大正11年現在地に酒造蔵を新築し、大正12年より「福司」の醸造を開始、現在も唯一の釧路の地酒として愛飲家の好評を博し、茂尻矢の清水と湧水の記憶を伝えています。

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