伝えたい「蔵」の記憶(22)茂尻矢チャシ
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2013.1.21
鏡餅を重ねた形に似ていることから、釧路市民からは御供山(おそなえやま)の愛称で呼ばれている史跡です。説明文には「モシリヤチャシコツ」と記載されていますが、正式な名前を覚えている市民は少なく、誰もが「御供山」と親しみを込めて呼ぶ史跡です。

アイヌの人たちは、サルシナイ(芦の生えている沢の意)チャシコツ(砦跡)、ポロ(大きいという意)チャイコツと呼んでいます。昭和7年の字地番改正により城山町が誕生しますが、「土人の砦跡あるのにより城山町と命く」と命名理由が記述されています。昭和10年に国の文化財指定史跡に指定された釧路の名所旧蹟の一つです。
高さは18㍍ですが、頂上から見える釧路の街並み、蛇行する釧路川の流れ、阿寒連山の遠望に感動を与え、四季の移り変わりを伝え、小学生の写生会、腕白小僧の秘密基地となり、近くには城山小学校、庁立釧路高等女学校、市民が集う市営グラウンドがあり、子どもも大人も御供山へ登り、多くの思い出をもらっています。
写真は大正時代の御供山ですが、釧路川が近くまで迫り、周りには人家も少なく、アイヌの人たちが、サルシナイ(芦の生えている沢)と呼んだ様子が伝えられています。今は文化財の保護のために柵が設けられ、自由に入ることができませんが、釧路川に中島があった時代のモシリヤの記憶を伝えています。



