その他 編集部コラム
公開:2026/04/23 更新:2026/05/07

編集部コラム「昔話は相手を選ぼう」


まだちょっと若くて、札幌で働いていた時のこと。
職場に人のいい上司がいて、仕事はやりやすかったのだが、困ったことがひとつだけあった。それは「俺たちが若い頃はなあ」が始まると止まらないことだった。8インチのフロッピーディスクを使っていた、携帯電話を肩から背負っていた、タクシーチケットが使い放題だった…。へーそうなんですかすごーい!とでも反応したら最後、ことあるごとに同じ話を何度でも挟んでくる。以前に聞きましたと言えば今度は「前に話したかもしれないけど…」という前置きが付いてくる。実に、うざかった。

そして自分がもう若者ではないと自覚し始めたころ、時代はずいぶんと変わっていた。6枚複写の伝票を手書きせずとも仕事は進むし、スマホという魔法の機械は連絡から道案内、ゲームに音楽、買い物まで1台で用が済む。
昔は電話はダイヤル式で、テレビのチャンネルを変えるのもガチャガチャ回すダイヤルで、車の窓は手動で開けて…

いや待てよ。
8インチフロッピー上司の顔がふとよぎる。

いや、そもそも待てよ。
ちょっと時代をさかのぼりすぎやしないか自分。
いくら昭和生まれだからといって、薄暗い青春を過ごしたのは平成なのだ。もうすこしキラキラした思い出はないものか。

記憶をほじくり返すと、出るわ出るわの「あの頃」話。
遠くのものほどよく見えるのは老眼だけではないらしい。思い出という美化された幻想はなつかしさを伴い、酔いにも似た心地よさを連れてくる。
そこに同年代がいればそれはもう共感と懐古の嵐の中で、昔話に花が狂い咲いては止まらない。同じ時の中で、同じ空気を吸っていた、ただそれだけの記憶に輝かしい価値が生まれ、記憶を掘り起こすことという共通の宝探しに夢中になり、脳内に幸せホルモンを振りまくのだ。

「そういや昔はポケベルが流行って公衆電話は争奪戦」
「ピッチ(PHS)のPメールは200文字打ててうらやましかった」
「昔は電話回線にダイヤルアップしてネットに繋いだもんだよね」
「J-PHONEとかiモードとか懐かしくない?」
「港まつりは北大通にぎっしり露店が出てたよねー」
「スーパーまつだとか妹尾チェーンがあってさ…」

問題はそんなことを露ほども知らない世代が相手の時だ。
体験を共有していない彼らにとって、教訓のない昔話などノイズ以外の何物でもない。当然、

「だから、何?」

で一蹴される。

残酷なようだが、懐古の話にはオチがない。知っている者同士の「そうそう!」という共鳴だけがゴールである。知らない者にとっては情報の墓場でしかないのだ。それはなにか、苦労自慢ですかそれともマウントですか?ということになる。そりゃ辟易もされる。

歴史は繰り返されるし、時代は巡る。
つい現代の便利さの裏にある苦労の変遷を披露したくなる。ともすればそれは、こんなに苦労したんだよドヤ!という自慢話にもなりうる。
うざい、はきちんと自分に返ってくるのである。(ごめのすけ)

TOP