その他 蔵の記憶
公開:2026/03/14 更新:2026/04/24

伝えたい「蔵」の記憶(406)釧路丹頂鶴公演10周年

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2022.2.21

 昭和43年の釧路では、丸三鶴屋と、十条サービスセンターの新館が完成し、オリエンタルホテルもオープンするなど活力ある街並の発展を伝える新聞報道が多く見られましたが、タンチョウの護育施設として多くの地元の釧路市民の努力で開園した丹頂鶴自然公園が「開園10周年を迎えた」と同年4月25日の釧路新聞が伝えています。経済成長が優先される環境の中で人々の心を和ませる記事です。

 釧路のタンチョウは、開拓により絶滅したと思われたのが大正13年釧路湿原のチルワツナイ川で10羽近く確認され、昭和10年湿原の一部が「釧路のタンチョウ及びその繁殖地」として天然記念物に指定され、同27年「特別天然記念物」とされます。

 昭和33年8月、捕獲5羽を放飼し丹頂鶴自然公園が誕生します。写真は、鶴と起居を共にする「鶴になった男」高橋良治さんと遊ぶタンチョウの親子です。高橋さんは、「タンチョウが食べる新鮮な魚の確保に奮闘し、公園の中にヤチハギで隠れた場所を作るなど、タンチョウとの約束を取り決め実行します」(鶴になったおじさんより)。

タンチョウ親子と高橋良治さん

 タンチョウは色を見分けられないというのが一般の学者の意見ですが、黄色い服装の観光客がツルに近づいても逃げない事を聞き、黄色のベレー帽とジャンパーの服装でタンチョウに近づく事が出来た、などといったタンチョウ飼育の未知の分野に挑戦します。

 釧路丹頂鶴自然公園10周年は、厳しい環境の中で生息していたタンチョウと地元の子供から大人までの多くの人々によるタンチョウ保護活動の記憶を伝えています。

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