伝えたい「蔵」の記憶(364)佐藤印舗
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2021.1.25
北大通は、幣舞橋北橋詰と釧路駅を結ぶ釧路の中枢の商店街として市民生活を支え、昭和36年に始まった北大通都市改造事業によって近代的な商店街に生まれ変わります。

写真は、昭和36年頃の北大通6丁目の西側、大正10年創業の佐藤印舗と、戦後創業のスキー毛糸の看板が見える洋服店いせやです。佐藤印舗が創業した頃は、釧路停車場が大正6年に現在地に新築移転し市勢が徐々に橋北へ向かい、その後昭和3年の四代目幣舞橋の完成、同5年の丸三鶴屋開業などにより北大通が釧路の中心商店街として活況を呈します。
佐藤印舗は、安藤印舗で修業した故佐藤勇太郎さんが北大通6丁目西側の現在地で創業し、三男の佐藤博志さんが跡を継ぎ、現在は博志さんの息子の佐藤潤さんが三代目として彫刻刀を握っています。
北大通6丁目西側は、北大通の中枢の商店街ですが、その移り変わりを見ると、戦前の昭和7年には明治創業の奥田呉服、佐藤印舗、サスガ自動車商会が並び、その後ヤマリ杉本園茶舗が創業します。戦後の混乱期を経た同29年は、拓殖銀行釧路支店が現れ、専門店も池田仏具店、小杉靴店、佐藤印舗、いせや、ヤマリ杉本園茶舗とにぎやかでしたが、同36年頃は、拓殖銀行釧路支店が拡張し、専門店は佐藤印舗、いせや、ヤマリ杉本園茶舗を残すだけ。銀行が目立つ商店街に変貌します。
その後、北大通6丁目東側も、6階建の6丁目ビル、千秋庵の4階建のビルに変わり商店街が一変します。この中で、佐藤印舗は、創業の名残を伝え、受け継いだ技を刻み、古くからの北大通の記憶を伝えています。




