その他 蔵の記憶
公開:2026/03/11 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(306)稲荷小路

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2019.8.19

 釧路の中心市街地末広町の賑わいの様子を伝える記事が、昭和31年12月の釧路新聞「横丁のぞき」で報道されています。

 『「末広大通り」「末広仲通り」は、ハイヤーの往来が激しく、ぶらぶら歩く左党も多い。日曜日には家族連れ、アベックなどがこの界隈に溢れ、映画館、喫茶店、飲食店、よろず商店などが集まる賑やかな歓楽街で「飲み屋」の多いことで他都市に引けをとらない』と、戦災で跡形も無く灰になった街並が復興した活力溢れる歓楽街の様子を伝えています。

 稲荷小路は、復興した末広町3丁目の歓楽街の小さな小路で、総2階建てモルタル仕上げの店舗群と、石畳の道路とすずらん燈を備えた末広町の新名所として昭和27年7月に開設した最古参の小路です。

稲荷小路の地図

 写真は、釧路劇場、オデオン座、東映劇場、東宝劇場、セントラル劇場と小さなスタンドバーに取り囲まれた稲荷小路の地図です。狭い小路を挟み食堂、寿し店、呉服店、洋服店などバラエティーに富んだ21店が軒を並べる小路ですが、当時は子供から大人まで最も釧路市民から親しまれた小路でした。

 昭和31年11月24日の釧路新聞「横丁のぞき」では、『稲荷小路の看板の傍に「大島まんじゅう」が見え、紅屋、浅野の呉服店、岩田、大崎等洋服店、ビックリ屋、繁ちゃん、一休庵等の飲食店、バッカス、ゴールデンスター等のスタンドが軒を並べる業種も多様だが、魅力は60円食堂』と荷小路の魅力を紹介しています。

 稲荷小路は、戦後の昭和22年7月に開設した「パラダイス」の逞しい活力を受け継ぎ開設され、歓楽街の戦後復興の記憶を伝えています。

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