伝えたい「蔵」の記憶(282)通信簿大売出し
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2019.2.11
昭和28、29年の日本経済は、朝鮮戦争の特需景気が終了して景気の低迷が続きます。釧路地方でも、石炭産業の不振により雄別炭砿と太平洋炭砿で人員整理が行われ、太平洋炭砿は坑内ガス爆発による死者39名の災害も発生し、景況が低迷します。
道東の中核都市釧路の商業活動の中核として人々の生活を支える北大通り商店街は、不況の影響を受けて様々な対策に苦慮していました。当時の新聞広告を見ると、丸ト北村の正札の半額を謳う「桁はずれの市」、美なとや呉服店の「100万円の大欠損大売りし」、佐々木洋品店の「お買い物全部が只になる割戻し大売り出し」など不況に対抗するユニークな北大通り商店街の広告が目立ちます。

写真は、昭和29年7月28日の北海道新聞に掲載された北大通り6、7、8丁目の、松並家具、寝具の西屋、玩具の白川商店など老舗が加盟する中心街の商店が企画し商業大学中心街商店街が開催した「通信簿大売出し」の広告です。この試験(売出し)は、買い物で受験票(抽選券)もらい受験場(抽選券場)で福引を引いた点数で、電気洗濯機(2万点)、ミシン(1万5000点)などの景品と交換をすると云う夢のある売出しです。同じ時期に、北大通り9、10、11丁目の第一銀座街は、現金総当たり福引大売り出しを実施しています。
中心街、第一銀座、4社タイアップなどの商店街の組織が誕生した昭和29年の北大通り商店街は、各商店が協力して厳しい不況に挑戦します。
通信簿大売出しは、不況対策に英知を集めた中心街商店の思いを伝えています。




