その他 蔵の記憶
公開:2026/03/09 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(266)釧路種馬1千頭共進会

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2018.9.24

 昭和27年9月1日大楽毛家畜市場で釧路種馬1千頭共進会が開催され、戦後の馬産地釧路の復活を伝えています。

 戦前の馬産地としての釧路は、馬の神様と呼ばれた神八三郎の努力により「日本釧路種」「奏上釧路種」と呼ばれた軍馬生産を中心としていましたが、戦後の馬産は、日本農業の重要基本労働と地力維持の廐肥・堆肥の資源となり、「開拓事業の達成に絶対必要」と神八三郎伝に記述され、馬産が軍馬から産業馬へと転換し再建日本の食糧増産に果たす重要な役割を伝えています。

釧路種馬1千頭共進会会場のアーチ

 再生日本を支える釧路産馬共進会の審査を行った農林技官の談話には「釧路馬の特性を発揮、1千頭よく揃った馬格」と共進会の成功と、釧路の生産者の熱意を称賛しています。大楽毛家畜市場は、戦後の復興に取り組む全国の農業や都市でのけん引用馬の需要に応えます。写真は、摂政宮殿下行啓30周年記念の釧路種馬1千頭共進会会場のアーチです。奥に戦後の馬産再建を願って建てられた「再建日本馬産資源発祥之地」の記念標柱が見えます。

 混乱の真っ最中の昭和21年9月25日から27日に至る3日間にわたって「行幸10周年記念純日本改良釧路種馬共進会」が開催されています。この中で「釧路へ行けば馬があるそうだ、釧路は米が無いから米を持ってゆけば馬と交換できる…」などの逸話が出るほど繁殖馬の需要が高まっていました。日本再建に果たす馬産資源の役割を深く認識した馬産地釧路の人々は、「馬産振興を決意した」と、「神八三郎伝」が伝えています。

 釧路種馬1千頭共進会開催は、馬産釧路の復興と日本再建を願う人々の記憶です。

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