その他 蔵の記憶
公開:2026/03/09 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(255)露店とTEAROOM

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2018.6.18

 昭和20年の空襲の被災からの復興に取り組む北大通商店街の姿は、同様に復興に取り組む市民生活の様子も伝えています。

北大通の露天商

 写真は、昭和20年代中頃の北大通5丁目交差点付近(現北大通セブン―イレブン)の光景です。雪が残る路上に簡単な売り台を置き、綿入れの外套で寒さをしのぎ商売に励む女性と買い物をする女性達です。食糧危機や物不足が続いた戦後の市民生活は、女性のたくましさに支えられました。

 戦後の北大通商店街の露天商は、戦後の混乱期に始まりますが、昭和23年頃のサバ、サンマの豊漁により街中が活況を呈した頃は幣舞橋近くの川べりから釧路駅までの北大通商店街に広がります。露天商は、販売に良い場所の確保と新鮮な商品の仕入れに早朝から働きます、場所は、「丸三鶴屋の周辺が最も良く生活を掛けた競争だ」と露天商を経験した古老が話していましたが、女性のたくましさが露店の活況を支えます。

 昭和12年に建てられ戦災を免れた牧歌的な建物の千秋庵菓子店が露店の傍に見えます。戦前からの老舗ですが、戦後の混乱期に再開され、店頭の横に英語で「TEAROOM」の看板が見えます。戦前の物不足、英語の禁止と戦後の物不足を体験した市民にとって、英語と甘味が新しい時代の文化を感じさせ、千秋庵2階のTEAROOMは特に女学生に人気でした。友人と「シュウクリーム」を食べ、おしゃべりをした楽しい思い出も古老が話しています。

 露店とTEAROOMは、復興期の女性の逞しさと新しい文化の記憶を伝えます。

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