伝えたい「蔵」の記憶(228)昭和22年元日広告
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2017.10.2
終戦3年目の昭和22年は、戦後の混乱がまだ続いていますが、新聞広告が新しい時代を感じさせています。元日の北海道新聞に掲載された広告を見ますと、「新円預金」「救国貯蓄」「日本再建はあなたの貯蓄で」と戦後復興へ取り組みを貯蓄でと呼びかける札幌銀行協会の大きな広告が目に付きます。
丸三鶴屋は、「市民の必需百貨」を宣言しています。食糧危機、物資不足により市民生活は混乱が続き、配給の遅延、闇屋の横行している難局に適正配給に努力し市民生活復興に貢献する百貨店を目指しています。このような広告中に、当時の市民生活を伝える小さな広告が見られました。写真は、白川商店と稲葉製麺工場、高橋製麺所の広告です。
白川商店は、北大通り6丁目東側にある戦前からのおもちやの老舗です。セルロイド製、ブリキ製、紙製・木製の玩具、絵本・人形類が揃ったと宣伝しています。戦前戦後の厳しい状況を体験した子供が久しぶりに見る「セルロイドの「キュウピさん」や「ブリキ製の自動車」などのオモチヤは、子供達に笑顔と楽しい夢を与えています。

北大通り7丁目の稲葉製麺工場と南大通り3丁目の高橋製麺所は、ご持参の小麦粉、そば粉で「生うどん・生そば・干うどん・支那そば」を製造しますと宣伝しています。食糧の遅配が続く食糧危機の中での美味しい食事は、食卓に元気な笑い声や笑顔を取り戻し活力の源となります。
この小さな広告は、戦前戦後の厳しさを体験し苦難に挑戦する釧路市民が笑顔と希望を取り戻した記憶を伝えています。




