その他 蔵の記憶
公開:2026/03/08 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(214)昭和19年1月1日

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2017.6.19

 昭和19年1月1日の北海道新聞に、「決戦第三年へ突入、断して固めん北の護り」─決戦第三年の歳は清々しくも明けた世界新秩序創造の宿敵米英必滅…必勝新年を迎えたのである─と新年の決意を伝え、厳島神社で皇国の完勝と弥栄えを祈念する市民の様子を伝える写真が掲載され、北の守りの第一線に在る市民が果たす責務を訴えています。

 「決戦乙女に栄光」「戦う郷土の少年、婦人工員」「女子も執銃訓練」など少年、少女、女子が時局を支える力となっている事を伝える記事が見られます。新年の市内有力会社の広告は、「戦力 増強増産総進軍」「戦第三年・総員戦闘配置へ」─明日戦ふ飛行機を今日送るために、さあ今すぐ貯蓄を追撃だ─などの銃後の緊迫した時局を伝えています。 

壁新聞

 写真は、昭和19年1月25日の北海道新聞に掲載された、苛烈な航空決戦への航空機要望に応え、一般の関心を喚起する為に発行された壁新聞です。「すべてを航空決戦へ」と謳い、航空機を戦場に送るために、「生活を極度に切りつめ不自由を絶え忍んですべてを航空機の増産にふりむける時は今」と訴えています。戦力増強として一機でも多くの航空機が必要な時局であり、明日の百機より今日の一機が大切との訴えは戦況に緊迫感を感じる銃後の市民思いなのです。

 昭和19年新春は、決戦3年目「一億一家で決戦だ」と国民の決意を謳い、銃後も国防の第一戦として完勝の年を強く生き抜く決意宣言を北海道新聞が報道しています。しかし、本土空襲、学童疎開など市民生活は苦難の記憶の年となります。

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