その他 蔵の記憶
公開:2026/03/06 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(164)平和市場

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2016.4.18

 昭和初期の西幣舞は、急速に釧路の中心市街地として街並みが近代化します。街並みの北進に対応して釧路町時代に計画された幹線道路の拡幅、上水道敷設、永久橋の幣舞橋架橋の完成、新釧路川通水など都市の基盤整備が進められ、釧網線の開通など交通運輸の近代化が進み、西幣舞橋通り(現北大通)は、近代的な街並みが見られます。

にぎやかな西幣舞町

 写真は、幣舞橋北橋詰の消防本部鉄塔上より見た昭和5年頃の西幣舞町です。右側の幣舞橋北橋詰から左側の釧路停車場へ向かう道路が防火対策で拡幅された西幣舞橋通り(現北大通)です。通りの西側には、裏に土蔵を備えた店舗が見え西幣舞の大火の記憶を伝えています。

 東側(現北大通5丁目)には、昭和5年新築の鉄筋コンクリート造り3階建ての釧路で最初のデパートの丸三鶴屋、並びにドーム型の屋根をした拓銀西幣舞出張所と近代的な建物が並んでいます。現在の北大通3丁目(元KOM)には、表通り(現北大通)から裏通りへ抜けるT字型の平和市場が見え、2階建ての近代化洋風店舗が並ぶ商店街は、新しい時代を感じさせます。

 平和市場は、宮地米造、河野専一さん他7名の出資により昭和4年6月19日に開設され肉屋、お菓子屋、お土産屋など32軒余りが店子でした。市場は、不況の時代に好評で廉売市場と親しまれ市民の台所と呼ばれます。(わがマチの人物地図)新商法の廉売市場は、駅前の栄喜毎市場、南大通の真砂町市場、浦見町の廉売市場などが市内に開設され不況に苦しむ市民に歓迎されます。

前「幣舞橋上流の埋め立て」    次「西幣舞の氷倉庫」

TOP