その他 蔵の記憶
公開:2026/03/04 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(93)旭橋

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2014.8.18

 橋は、川、渓谷の上に架設して交通路とするものと辞書に記載されていますが、橋には交通路としての役目の他に、地域の人々の生活の歴史と文化が記憶されています。

 4代目幣舞橋は、交通路確保のために自然災害に悪戦苦闘した先人の思いと、未来に夢を抱く当時の釧路市民の願望により完成し、釧路市民自慢のシンボルとなり、札幌の豊平橋、旭川の旭橋と並び北海道の三大名橋と呼ばれました。

 豊平橋は、半世紀にわたる大豊平川の洪水との闘い、大正13年8月竣工しました。昭和41年の架け替えまでに、仮橋を含めて23代目にあたるといわれています。

 北海道の中心都市札幌のシンボルとして、長さ120㍍、幅18㍍の三重アーチを持ち力強く美しく、市電も走り札幌市民に愛された夢の橋と呼ばれていました。自動車交通量の増加により、昭和41年現在の橋に架け替えられました。

 石狩川に架かる多くの橋の中で、国道40号の「旭橋」は、歴史、風格といい王様の橋であろうと、石狩川の橋物語に記載されています。昭和7年11月に竣工し現在も現役の橋で、北海道の三大名橋の中で唯一、竣工当時の姿をとどめています。

 旭橋は、軍都旭川を象徴するように、勇壮な美を誇り「雄渾」なアーチを描いて川を征服し、そこに全く新しい景観美を創りだすことに成功したといわれ、大雪山連峰と旭橋の景観は旭川市民の自慢です。

幣舞橋と共に道内三大名橋と言われる旭川市の旭橋。初代の橋が現役で存続

 三大名橋の幣舞橋、豊平橋、旭橋は、生活、文化の記憶を伝え、人々の生活に溶け込み、次代へ記憶を伝えています。

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