伝えたい「蔵」の記憶(91)設計変更
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2014.7.28
4代目幣舞橋は、大正14年3月に本工事に着手します。当初の設計は、橋長は201・6㍍で、3代目幣舞橋と変わりません。中央部分の113.4㍍が鉄橋、右岸34.2㍍、左岸54.0㍍に木橋を架設して、将来釧路川治水工事完了後は洪水の心配もなくなるので、木橋部分を埋立する計画でした。工事が進行していた昭和2年度末突発に釧路市施設の両岸埋築工事請願となり、にわかに設計を変更し木橋架設を中止して前後の河岸を埋め立て、中央部分の113.4㍍が橋の長さになりました。(釧路市史)

写真は、4代目幣舞橋の開通式の記録写真です。幣舞橋の南北の橋詰に、完成を喜ぶ多くの市民が集まり、釧路駅を遠望する現在の北大通と壮麗な幣舞橋です。写真の右の白く見える部分が、幣舞橋南橋詰の木橋部分を埋立に変更した部分です。幣舞橋の設計変更を決定した昭和2年は、釧網線が開通し、釧路川の河川交通が消滅し、上水道が通じ給水が開始され「水売り」の姿が街から消えるなど、釧路の街が大きく変わる兆しが見えます。
先人の決断は、混雑する交通路を緩和し、周囲の町村と躍進する橋北地区と伝統ある橋南の交流を深めています。幣舞橋の設計変更は、釧路川河畔に新しい街並みを誕生させ、北大通を中心とする釧路の中心市街地の発展に貢献しています。その後、道東の中核都市釧路が発展する要因の一つとなります。現在の幣舞橋周辺には、ロータリー、経済センター、フィッシャーマンズワーフMOOが並ぶ近代的景観ですが、先人の思いが伝えられた街並みです。




