続・蔵の記憶3「啄木像除幕式」
20万都市釧路の昭和47年は、市制施行50周年記念式典が行われ、栄町公園沈床噴水稼働が開始され、北大通都市改造事業(11年間)の竣工、カーフェリーまりもの釧路と東京間就航、駅前のパルコとパレスボウルがオープンする等、商店街の近代的な街並みと市民の生活の活況を実感する年でした。
「華やかに『鉄道百年道祝う』/道東開発の原動力・盛大に記念行事」
と、昭和47年10月16日の釧路新聞が報道しています。

鉄道百年、市制50年を記念して保存、建立された蒸気機関車と文学碑・詩人石川啄木像の序幕式が鉄道記念日14日に幸町公園で開催されました。
「さいはての駅」に立つ啄木像

写真は、明治41年1月21日に最果ての釧路停車場に降り立ったマント姿で腕を組んで立つ啄木像です。
啄木は1908年(明治41年)1月21日の夜、雪が降るなか列車で釧路駅に到着しました。
その時の第一印象を詠んだのが、有名な
「さいはての 駅に下り立ち 雪あかり さびしき町に あゆみ入りにき」
の短歌です。
像が建てられた幸町公園は、啄木が降り立った初代釧路駅の跡地だったため、この歌碑と一緒に像を建てる場所として最適の地でした。
釧路市民を魅了した啄木
啄木の釧路滞在は76日間でしたが、釧路市民を魅了したようです。
立地は来釧した作家・林芙美子の薦めで選ばれた、啄木生誕50年を記念して昭和9年建立した「しらしらと 氷かがやき 千鳥なく 釧路の海の 冬の月かな」の米町公園の啄木の歌碑は、建立以来市民に親しまれています。
啄木像の除幕式は、啄木に魅了され強い愛着を抱き続けていた釧路市民の啄木への新しい記憶を創造されたようです。
尚、啄木像と歌碑は、平成5年幸町公園から旧釧路新聞社屋を復元した港文館へ移り、市民、観光客に啄木の記憶を伝えています。

