その他 編集部コラム
公開:2026/07/13 更新:2026/07/11

編集部コラム「うすれゆく景色」


このところ古い新聞記事に触れることが多く、懐かしい風景を見つけては1人でニヤニヤしていることが多い。
かつての栄華を誇った北大通のにぎわい、大企業の看板を背負ったビル群、今はもう消えてしまった商店や飲食店。大通りを走る角張った様式のセダンにさえ懐かしさを覚える。いや、懐かしいを超えて執拗に細部を調べたくなり、脱線を抑えるのに必死である。

心理学では、懐かしさには自分の過去と現在を結び直す働きがあると言われている。
昔の風景を見ると、その場所で過ごした時間だけでなく、当時の空気や周囲の人々、年齢までがひとかたまりになって呼び起こされるらしい。プルースト現象の視覚版といったところか。
古い町の写真に興奮する人が一定数存在するのは、単に古い建物が珍しいからではないだろう。そこに自分が生きてきた「時間の証拠」が残っているからなのではないか。
今現在10代の若者が丸三鶴屋の写真を見て感動していたら、それは年齢を詐称しているか、前世の人格と交代しているかを疑った方がいいのである。

ただ、人の記憶とは実に曖昧で、映像のように保存されているわけではない。記憶は思い出すたびに断片を組み合わせては再構成される。それゆえ、毎日見ていた景色も建物も、なくなってしまえば輪郭も色も、隣に何があったのかも驚くほどに思い出せなくなる。
いったん建物が解体され、新しい建築が始まると、現在の景色がどんどん過去の記憶に上書きされていくらしい。

上書きの結果が、昔話をしているとよく出てくる「あの場所って昔何があったっけ」だ。
中央図書館の前は何だったか、まちなか横町の前は、スガイビルってどんな建物だったっけ…こうして思い出せそうで思い出せないもどかしいループに苦しむことになる。困ったことに、Googleは全ての解答を持っているわけではない。

となると、記憶の代わりになるものは写真や映像ということになる。だが、その記録媒体が圧倒的に足りない。
「あの頃」になぜもっと写真を撮っておかなかったのか。なぜ古い写真をゴミと称して捨ててしまったのか。
答えは、当時その風景が失われるとは露ほども思っていなかったからであろう。
日常の景色とは、そこに現存する間は記録する価値のない背景だ。写真に残すのは行事や人や、庭先の花やボケた夕焼けの写真ばかりで、通学路の角や公園、町に出た時に見る商店、通り過ぎるだけの建物にカメラを向けることはない。失われて初めて、それが二度と撮れないものだったのだと気付く。

先日、駅前の釧正館ビルの解体がニュースになった。丸井今井ビルも解体の意向であると報じられている。
今は誰もが場所も形も知っているが、この先「あの場所って昔何があったっけ」と悶々する人たちが増えていくに違いない。

その中の1人は、たぶん今この記事を書いている。(ごめのすけ)

90年代の駅前の様子。ISMが懐かしすぎる。奥にはロッテリアもあった(釧路新聞社所蔵写真)
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