編集部コラム「釧路人の気質」

釧路人は熱しやすく冷めやすい。新しいものに飛びつく勢いは猪突猛進ながらも、失速の引き際も見事である。
新しい商業施設ができるという噂があれば、決して浮き足を立てず、なぜか上から目線気味で「まあ便利になるんじゃないの」とクールに振る舞う。
それがいざオープンするとなれば、どこからこんなに沸いてきたのかと思うほどの混雑と盛況っぷりを見せ、だいたい1週間でお祭り騒ぎを終える。感想はもちろん「まあ大したことないよね」。いや、普通に褒めればいいのに。
熱量は高いが内輪に向きがちで、外のことには無関心なふりをする。
誰でも気兼ねなくどうぞと建前はありながらも、警戒心は強い。水面下にはいくつものコミュニティが層を成し、外からは見えないところで活動はさかんなようだ。
入り口は狭いが、いったん入れば抜けにくい。閉鎖的と言い切りたいところだが、自覚があまりないので半開きくらいにしておこう。
「まちづくり」「将来の展望」といった言葉にはすかさず距離を置く。
誰かに任せきりでそのくせ文句だけは一丁前というどーしようもない一面がある。いや言い過ぎか。
理想論を語ることには慎重で、前に立つことには消極的なのだ。そのかわり、結果に対する評価は鋭い。総括の感想は大変的確である。
言い直してみたが、あまり変わらなかった。
他県からの客には、頼まれもしないのに「あそこの店が一番」「いやこっちだろ」と余計に混乱させる情報を与え、なんなら車で連れて行く勢いでのおせっかいを焼きがちである。当たり前のようなこの親切の押し売りが、旅人にとってはいたく感動するようである。
そのくせ釧路はいい町ですねと褒められると、謙遜ではなく否定に走る。「なんもない所だから」という常套文句は本心でしかない。
冷めているというよりは、期待しすぎないことで自分を守りたいのかもしれない。
さて、ごめの目である。
釧路の町を盛り上げよう!という大義名分は空回りに終わることが多いので、派手な花火を打ち上げるよりも、地道な継続を選びたい。それがこの土地では一番現実的なように感じている。
もっとも、困ったことにわれわれも釧路人なのである。(ごめのすけ)



